『なぜ石田三成は関ヶ原で戦ったのか』三成の長男の視点で描く歴史の真実

歴史・社会
なぜ石田三成は関ヶ原で戦ったのか

なぜ石田三成は関ヶ原で戦ったのか

著者 佐賀郁朗/著
出版社 サンライズ出版
発売日 20260520
ページ数 200ページ
判型 四六判
ISBN 9784883258727

関ヶ原の合戦で敗れた石田三成。彼はなぜ家康と戦わなければならなかったのか。本書は三成の長男・重家の晩年の回想という小説形式を採用し、通説とは異なる関ヶ原の真実に迫ります。利休切腹、秀次事件など三成に被せられた「冤罪」の検証から、北政所と三成の意外な関係、さらには次男が奥州に落ち延びていた可能性まで、豊富な史料と新解釈で戦国史の謎を解き明かします。三成研究の第一人者・オンライン三成会の中井俊一郎氏も「興味深い解釈を提示する」と推薦する、三成ファン必読の一冊です。

この本の注目ポイント

✔ 三成の長男による回想形式という斬新な構成

石田三成の長男・重家が若き雲水や民部大輔と語り合う形式で物語が展開。息子の視点だからこそ語れる父の真実、家族の秘密が明かされます。小説形式でありながら史実に基づいた展開が、歴史の新たな一面を浮き彫りにします。

✔ 三成の「冤罪」を徹底検証

千利休の切腹、関白秀次の断罪、小早川秀秋召喚事件など、三成が関与したとされる事件を詳細に検証。「霊牌日鑑」の脚色を暴き、史料批判を通じて三成に着せられた汚名の真相に迫ります。通説を覆す新解釈が満載です。

✔ 関ヶ原をめぐる新たな人間関係の発見

北政所が実は石田三成、宇喜多秀家、大谷吉継を頼りにしていたという驚きの事実や、淀殿が上杉景勝の謀反を信じていたことなど、従来の関ヶ原像を一新する人間関係が明らかに。系図や史料に基づいた説得力ある考察が展開されます。

目次

第一章 石田三成長男の告白
     若き雲水との問答
     三成の冤罪を民部大輔と語る
      千宗易(利休)切腹事件
      関白秀次公断罪事件
      小早川秀秋召喚事件

第二章 「霊牌日鑑」の虚実
     所司代与力による尋問
     脚色されていた「霊牌日鑑」
     『古今武家盛衰記』と「平氏石田系図」
     奥州に落ち延びていた三成の次男石田隼人正
      《津軽杉山家系図》

第三章 関ヶ原の合戦をめぐる疑惑
     済院宗亨の寿像お披露目
     関ヶ原の合戦の通説をあばく
     上杉景勝の謀反を信じていた淀殿
     北政所は秀家・吉継・三成を恃んでいた
      《北政所と石川家・大谷家・宇多家関連系図》
     敗戦を知って避難した北政所

第四章 三成の命日に明らかにされた一族の秘密
     三成の命日の法要
     豊臣家を滅ぼした大坂の陣
     三成の娘が嫁いだ岡半兵衛重政
      《武田家・山縣家・岡家関連系図》
     春日局は三成の曽孫娘お振の方を家光の側室にする
      《石田三成・祖心尼・お振の方関連系図》
     山崎家勝に嫁いだ三成の娘
      《山崎家・池田家・石田三成関連系図》

前書きなど
 洛西花園の地に、南北朝時代のはじめ花園上皇が関山慧玄を請じて開創した、臨済宗の大本山正法山妙心寺がある。
 その山内にある塔頭寿聖院は、慶長四年(一五九九)五月、石田治部少輔三成が父・隠岐守為成(正継)のために建立したもので、一族の菩提寺となっている。
 寿聖院に伝わる石田一族の過去帳「霊牌日鑑」には、三成の長子・隼人正重家について、次のような記述がある。
 
  石田隼人正ハ乳婆幷ならびに家臣津山甚内ト云者主従三人九月十七日ノ夜大坂ヲ遁レ出其その夜中当院ヘ参リ

こんな人におすすめ

  • 石田三成や関ヶ原の合戦に興味がある歴史ファン
  • 通説とは異なる新しい歴史解釈を求める方
  • 小説形式で楽しみながら歴史を学びたい方
  • 戦国時代の人間関係や政治的背景を深く知りたい方

著者について

佐賀郁朗(さが・いくろう)は、石田三成研究に熱心に取り組む歴史研究者・作家。豊富な史料調査と独自の視点から、従来の三成像に新たな光を当てる研究を続けています。本書ではオンライン三成会の中井俊一郎氏からも「興味深い解釈を提示する」と評価される斬新な歴史解釈を展開しています。

まとめ

石田三成の長男の回想という小説形式で関ヶ原の真実に迫る意欲作。三成の冤罪検証から新たな人間関係まで、通説を覆す解釈が満載の一冊です。

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